2016年9月21日アーカイブ

歴史的大発見?!

| トラックバック(0)
ある日の末廣亭楽屋での会話。

「うちを片付けしてたらさ、いろんな手ぬぐいが出てきたよ。名前を継いだ時に○○師匠(誰だったか忘れました)からいただいた先代の圓太郎師匠の手ぬぐいとかさ、いっぱいあったよ。そうそう、圓朝の手ぬぐいも出てきた」と兄弟子の圓太郎兄さん。

...ん、圓朝の手ぬぐい?...三遊亭圓朝のこと??

【三遊亭圓朝】1839年5月13日~1900年8月11日。落語中興の祖。『塩原多助一代記』『牡丹燈籠』『真景累ヶ淵』『怪談乳房榎』『死神』などの作品や三題噺『芝浜』も圓朝の作といわれる。毎年8月11日には谷中全生庵で圓朝忌が落語協会主催で行われている。

ええ~っ、圓朝の手ぬぐい?...って、亡くなってから116年経ってるし、その時代に自分の名前を染めた手ぬぐいがあったのかも定かではないけど...。

玉「兄さんのお宅に圓朝の手ぬぐいがあるんですか?」
圓「そうなんだよ、圓朝の手ぬぐいが出てきたんだよ」
「聞いたことないですよ、圓朝の手ぬぐいなんて」
「出てきたの、今度持ってくるよ」
「...はあ、よろしくお願いいたします」とわたし。

それから二日後。

「玉の輔、ごめん。どうもちょっと違うみたい。誰かが圓朝の文字を使って作ったんだな」と見せてくれたのがコチラ。

encho_tatouomote.jpg


encho2016.jpg

確かに畳紙には『花』と『三遊亭圓朝』の文字。手ぬぐいを広げてみるとコチラも『花』と『三遊亭圓朝』。でも字体が違う。手ぬぐいのサインらしきものは圓朝のもののようだ。今年も謝楽祭で圓朝サインボールを扱ったわたしにはわかる(笑)。してみると『花』もご当人。...どういうこと?

encho_tatouura.jpg
畳紙の裏を見ると『伏木壽亭筆』『ふじ屋染』と書かれている。

歌舞伎文字勘亭流伏木壽亭師匠(2014年1月30日没)がどういうわけだか圓朝の文字を使って浅草の手ぬぐい屋ふじ屋さんで染めた手ぬぐいらしい。確かに畳紙の文字は勘亭流。歌舞伎には圓朝作品もあるし...。

まあ、この手ぬぐいがどういった過程で作られたのか、また何故『花』なのかはわかりませんがとにかく歴史的発見...かなぁ?!

今回は幻の三遊亭圓朝手ぬぐいでした。圓太郎兄さん、ありがとうございました。




月別 アーカイブ

バックナンバー

リンク

  • 購読する このブログを購読
  • ケータイからも見られるようになりました!
    以下のQRコードからアクセスしてください。
    QR
    tamanosuke
【コメントに関する注意事項】
公序良俗に反するもの、誹謗、中傷にあたるものなど、編集部にて不適切だと判断したものに関しましては、予告無く削除する場合もありますので何卒ご了承ください。
五明楼玉の輔,(有)ラスコー
本ページの記事、画像の無断転載を禁じます。