2013年4月 1日アーカイブ

花見だ、花見だ!

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「ワシントンが桜の木を切ったのは自分だと正直に話したとき
 父親はすぐに許しました。何故でしょう?」
「ハイ、先生。それはワシントンがまだ手に斧を持っていたからです!」

こんな小咄があります。コレはアメリカンジョークってヤツですが、日本人はホント桜好きです!春になると毎日毎日桜の開花はいつになるのか?...そんなニュースのオンパレード。咲けば咲いたでバカ騒ぎ(笑)。今年は開花宣言が例年よりかなり早かったんで、さあたいへん!『うえの桜まつり』は3月23日から4月14日。わたしが花見に行った3月20日はポカポカ陽気。全国から上野公園の桜を見ようと集まった観光客でごった返している。絶好の儲けの期待されるこの日、不忍池の蓮見茶屋には「3月23日より」の看板(笑)。あまりにも早い開花も困りものです。

落語のネタには『長屋の花見』『花見の仇討ち』『花見小僧』などなど春には欠かせない噺がいくつもあります。

中でも有名なのが『長屋の花見』。落語を知らない方でも『長屋の花見』という言葉は聞いたことがあるはず。寄席ではこの時期、毎日かかる噺です。良くできている噺だし、演ればウケるしネ。でも、やはり季節の噺。よほどでなければ夏や、まして紅葉の季節に演る噺家はいない。でも、冬には演る。...というか、季節先取り?早い噺家はお正月から演ってる。一番驚いたのは大晦日前から「大家さん、今年はこの長屋に良いことがありますよ。酒柱が立ってる。」なんて言ってた(笑)。

まあ、桜は卒業式や入学式のシーズンに咲いたり散ったりとおめでたいイメージがあります。

我々噺家にとっておめでたいといえば、真打昇進の御披露目と無駄に長生きして偉そうにしている先輩芸人のお葬式(笑)。まあ後者は洒落ですが...。

この春、落語芸術協会に三人の新真打が誕生します。三笑亭夢丸師匠門下の月夢改め三笑亭世楽さん、春風亭小柳枝師匠門下の春風亭笑好さん、雷門助六師匠門下の花助改め雷門小助六さん。五月上席末廣亭から御披露目が始まります。

今回から三回にわたってこの新真打の手ぬぐいを紹介します!

まずは、雷門小助六さん。三人のなかで一番後輩ですが、手ぬぐいが桜なんで、「いつ紹介するのか?...今でしょ!」ってことで最初になりました(笑)。

kosukeroku.jpg
この手ぬぐい、もともとは先代助六師匠のデザインしたもの、助六の傘です。先代助六師匠は志ん朝師匠に住吉踊りを伝えてくださった方。毎年八月中席に行われる住吉踊り。二人の師匠がお亡くなりになったいまでも、この時だけは落語協会・芸術協会の両協会が同時に出演する唯一の興行。先代助六師匠のお力添えがあったからこそです。もちろん今年の夏も住吉踊りは行われます。

話は横道に反れましたが(...いつもじゃん!)小助六さんの師匠、当代助六師匠が二ツ目に昇進するときに染めた手ぬぐいは先代がデザインしてくださったそうで、助六の傘に一門の紋『杏葉牡丹』。小助六さんは二ツ目になるときにこのデザインをそのまま使ったそうです。そして真打昇進にあたってこの手ぬぐいに桜を加えて"雷門小助六の手ぬぐい"となりました!『助六所縁江戸桜』...ぴったりです!この素敵な手ぬぐいに当代助六師匠は「高座では使いにくい」と苦笑い。...そんなことないよネ。

一門の伝統がギッシリと詰まった手ぬぐいです!



真打昇進披露興行のスケジュールはこちら。


真打昇進襲名披露興行

新宿末廣亭 夜の部
5月1日~10日

主任予定日
世楽 1.4.7.10
笑好 2.5.8
小助六 3.6.9

浅草演芸ホール 昼の部
5月11日~20日

主任予定日
世楽 13.16.19
笑好 11.14.17.20
小助六 12.15.18

池袋演芸場 夜の部
6月11日~20日

主任予定日
世楽 12.15.18
笑好 13.16.19
小助六 11.14.17.20

国立演芸場 昼の部(5日夜の部あり)
7月2日~10日

主任予定日
世楽 2.4.5昼夜
笑好 3.6.9
小助六 7.8.10

お江戸上野広小路亭
7月1日 世楽
7月2日 笑好
7月3日 小助六

お江戸日本橋亭
6月21日 世楽
6月24日 笑好
6月25日 小助六






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『モアイ』と『モヤイ』って違うんだぁ〜?!わたしはちーとも知らなかった!てっきり同じもので、イースター島のあの石像を正しくは『モアイ像』なんだけど軽く聞き間違えたおっさんが『モヤイ』って言っちゃって、それからまあモヤイでも通じるし、もともと日本語じゃあないしどちらでもOKってことになったのかと思ってた。

ボクシングの解説で「このラウンド、チャンピオンのボディブローが有効だったと思いますが、いかがですか原田さん?」「はい、ナイスボデーでしたねぇ。挑戦者もボデーを嫌がってますヨ。ボデーです、ボデー」...のボディとボデーみたいな(笑)


モアイとモヤイはぜんぜん違うもの。
...というかモヤイ像はモアイ像のパクリなんだぁ〜ネ。

モヤイ像は東京都新島付近の見られる石像でイースター島のモアイ像をモデルに造られた。...だってサ。それが渋谷にある。わたしはずーっとあの石像はイースター島から贈られてきたものだと思ってました(笑)。


日本にモアイ。

1960年、南米チリを襲ったマグニチュード9.5の大地震。地震による津波は日本にまで達し、宮城県南三陸町では41人の犠牲者を出しました。それから30年後、南三陸町に復興と友好のシンボルとしてモアイ像が贈られ、町民に親しまれてきました。

しかし、そのモアイ像も東日本大地震によって流されてしまいます。瓦礫の中から発見されたモアイ像の頭部は志津川高校の中庭に...。これを知ったチリの人々が、これまで門外不出だったイースター島の自然石で造られたモアイ像を寄贈。

そのモアイ像が3月20日から28日まで東京の丸ビルで御披露目されました。
思ったより小さい?...これがわたしの感想(笑)。でも、力強さを感じました。

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丸ビル一階のマルキューブに来日したモヤイ!!
はなしかクンも感動しております。


このモアイ像、これから大阪で展示され、5月25日に南三陸町で寄贈式典が行われるそうです。
モアイの「モ」は未来、「アイ」は生存。「未来に生きる」という意味が込められています。

ええ話やなぁ〜。

ちなみに『モヤイ』は、共同して事をすること。

茨城弁で『モヤイ』は、「ダサい」とか「田舎モンみたいな」という意味だそうで、鈴之助や小雪ちゃん(共に水戸出身)に「モヤイ!!」って言われたら、ソイツはホンモンだね(笑)

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『モアイプロジェクト』で応援メッセージを書き込んで
チャリティー募金をするともらえる缶バッジ。
まだ交通機関の復旧していない南三陸町と志津川高校への
コミュニティーバスを寄贈するのが目的です。


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『Moai 未来に生きる』のチラシとモアイ新聞。
発行は「みなさんモアイサポーターズ」。






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