2013年2月11日アーカイブ

二月三日は節分、豆まきです。
わたしは群馬県の水沢観音で豆を蒔いてきました。もともと金馬師匠が昭和三十年代半ばから行っていたそうで、なんと五十年以上続いています。すごい(笑)。わたしも二ツ目の頃、連れて行っていただいたことがあります。金馬師匠とご子息の金時さんと三人。その時は寄せ書きの色紙を書いて、それを豆といっしょに蒔いたような、蒔かなかったような...記憶は定かではありませんが、金馬師匠のお宅で500枚以上の色紙を書いた思い出があります。未だにそんな数のサインをいっぺんに書いたことはありません。今年は金時さん、時松クンとわたし。サイン色紙はコピーでした。...ホッ(笑)

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はなしかクンにコスプレ(笑)。


10時、11時、12時の三回、豆まきをします。水沢観音は階段がたくさんあるので、たいへんです。この階段があるのでご高齢の金馬師匠は三年前からこの豆まきには参加してません。だって我々だってキツいもん!それに前泊した旅館で三時まで呑んでたし...。軽く小噺をやって、ご住職の発声で年男の方々といっしょに「福は内ィ〜、鬼は外ォ〜!!」。当日が日曜日だったのと天気にも恵まれ人ひとヒト人ひとヒト...。

豆の他にいろんなものを投げる。係の方から大きなビニール袋を渡されて、その中のものを蒔くのだけどコイツがすごい。ミカンお菓子に混じって軍手、たわし、スポンジ、タオル、ポケットティッシュにカイロ。危ないのはサランラップボックスティッシュ(笑)。たくさんの人たちがまるで飢えた鯉が餌にありつこうと池の水面に口を開けてパクパクしてる感じ(笑)。争ってゲットした戦利品が軍手だって大喜び!!帰りに美味しい水沢うどんをご馳走になって、高崎から新幹線で上野鈴本演芸場の主任(トリ)へ。

その日は各寄席でも仲入り前に豆まきが行われます。
寄席によって蒔くものは違いますが、メインは噺家の手ぬぐい。それ目当てに大勢のお客さんが来ます。ちょうどわたしの知り合いの役者さんが来ていて、新幹線に乗っているわたしにメールが届きました。「玉の輔師匠の手ぬぐいを奪いましたぁ〜!!」...ハハハ。

この芝居のヒザ(トリの前に上がる色物さん)は紙切りの林家正楽師匠。楽屋で出番を待っていると何故かわたしの出囃子『お猿のかごや』が...?お客さんの注文が「玉の輔とぴっかり」(笑)。楽屋のモニターで見るとそっくりなわたしと妹弟子のぴっかりちゃん!!正楽師匠ってホント天才だね。

で、わたしが高座を終えて着替えていると「玉の輔師匠、お客様です」と前座。出てみるとよくお見えになるお客様のOさん。手にはさっきの『玉の輔とぴっかり』(笑)。ちょうどぴっかりちゃんも楽屋にいたので二人でサインをしました。よく見ると二人の間に立ちマイク。...夫婦漫才かっ(笑)。

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どうよ?すごいでしょ、正楽師匠!!
ちょっとぴっかりちゃんのお尻がキュート過ぎるけど(笑)。


楽屋見舞いをいただいたのでお礼に手ぬぐいを渡そうとすると、楽屋に置いてあったはずの手ぬぐいが見当たらない。慌てる前座。それもそのはず、なんとわたしが差し入れをくださったお客様用に用意していた手ぬぐいを前座が勘違いして豆まきで蒔いちゃった(涙)。。夜席用なのか、奇跡的に三本残ってたので、Oさんに差し上げることができました。今度から気をつけよう!

さて、今回の手ぬぐいですが粋曲の柳家紫文さんです。豆まき用に芸人が数本手ぬぐいを楽屋に持っていきます。それを前座が投げやすいように結ぶ。結ばれる前に集まった手ぬぐいの入った袋をひっくり返して物色する(笑)。新しい手ぬぐいはないか、まだ紹介してないモノは...。たいへんなんですヨ、これでも。いくつか発見!!その一本が紫文さん。以前は確か、"文"が四つで『しもん=紫文』。作った当時、紫文さんは全く気づいてなかったみたいだけど、"文"が四つは桂文枝師匠の『文枝紋』。後からわかったそうで...(笑)。

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今度のは。畳紙から覗いた時には、この三本の縞、なんか意味あるの?...なんて思ったけど、ありました。はぁ〜、やってくれましたねぇ〜、紫文さん!全く気づきませんでした、すみません(笑)。いいです、すばらしいッス!やられました。三味線ネっ。なるへそです。

三本縞を三味線の糸に見立てて端に駒を入れました。この手ぬぐいは四、五年前に自分でデザインしたそうです。津軽三味線の太田家元九郎師匠の縞の手ぬぐいを見て「どうせなら縞を三本の糸にしちゃえ!」ってんで、このアイデアが浮かんだんだって。やりますなぁ(笑)

鬼平も天晴れな手ぬぐいになりました。



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平成三年二月七日朝─。
春風亭小朝は風の中で目が覚めた。渋谷区初台にある小朝の自宅。三年前に林家三平の次女の泰葉と結婚して構えた新所帯である。
風で飛ばされた小石が、二階の窓ガラスにコツン、コツンと二、三度当たった。
その瞬間「死んだ...」と直感した。
師匠の柳朝がである。
別に霊感が強いわけではないが、虫の知らせとでもいうのだろうか。時計を見ると、八時半だった。
その時、門から人が入ってくる気配に気付いた泰葉が窓を開けた。
「あら、あさ市さん。どうしたの?」
あさ市は小朝の二番弟子である。
「柳朝師匠が亡くなりました」
あさ市の大きな声が聞こえた。小朝宅は電話はいたずら電話防止のために就寝中は切ってあるので、家まで知らせに来たと見える。
小朝は、「やっぱり...」と呟きながら、自分の直感が当たったことに驚いた。


吉川潮作『江戸前の男』第一章の冒頭のくだり。あさ市というのはわたしです。なんとドラマチックなんでしょうか?この『江戸前の男』が新田次郎賞を穫ったのもこのエピソードがあったからこそ...と、思って疑わないのはわたしだけ(笑)。でもこの話は事実で、勢朝兄さんから連絡を受けてスクーターを飛ばして師匠のお宅に行きました。

電話とインターホンが直結しているので、いくらピンポーンしても起きてこない。仕方ないので庭に回って二階の寝室に石を投げる。この石選びに苦労した。だって、大ききゃガラスが割れちゃうし、小さすぎると気づいてくれない。ちょうどいいっころ(ちょうどいい大きさの石ころ:玉の輔作の造語)をさがして放る。何個投げたかなぁ?やっと気づいてくれました...ふぅ〜っ。...あれから二十二年。

この二月七日がわたしの大師匠、春風亭柳朝の二十三回忌でした。

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お墓参りしてきました。お寺で一朝師匠にばったり。


わたしが入門した昭和六十年にはもう柳朝師匠は倒れたあとでした。初めてお宅に伺った時にネクタイをいただきました。寝たきりだった柳朝師匠が「この中から好きなだけ持ってけ」と山のように積まれたド派手な柄のネクタイ。当時十代のあさ市少年のセンスと合うわけがない(笑)。「あ...あ、ありがとうございます」と言ってはみたものの、「困ったなぁ〜、さてどうしましょ(汗)」。コレが顔に出てしまって、帰り道であさり兄さん(現圓太郎兄)にこっぴどく怒られました。

亡くなった日、正朝師匠の黒紋付を借りてかっぽれを踊りました。あまりの酷さにみな爆笑。わたしのかっぽれは師匠小朝曰わく『リハビリかっぽれ』(笑)。こっちは真剣に踊ってるってのに。あれ以来、踊ってないなぁ〜。そういえば「よいとさっさっさぁ〜」ってとこで柳朝師匠を踏んじゃいそうになった(笑)。アブね、アブね。

「噺も気風も江戸前ひと筋。芸人柳朝のいなせな生涯。」......『江戸前の男』この機会にいかが。

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吉川潮芸人小説コレクション第一巻、春風亭柳朝一代記。
ランダムハウス講談社¥840。


たまたまなんだけど吉川潮先生の奥様は粋曲の柳家小菊お姉さん。今回手ぬぐいを紹介した紫文さんとは兄弟弟子です。

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お墓参りの帰りに鷺ノ宮駅で発見!!こんなの有り(笑)。




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